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一本道: 自分の道を行く

444067D7-C0C4-4809-BD8E-DC14F4892621.jpeg私は指揮者に一番遠い存在。


兄弟はいないから一人っ子。

人が多い場所は苦しくて

自家中毒の症状もあった。


幼稚園では適応できず

幼稚園側からやんわりと

通園見送りを通知され


小学校では協調性がないことを

大問題とされ、

漢字は外国人の子と2人だけ

お残り学習だった。


ピアノや剣道、カブスカウト

のような習い事は一切続かない。


唯一の救いは一人っ子なので

沢山の人とは苦手だが

対面は得意。


だから高校で決めたアルバイトは

ダスキンの訪問販売。


勤続期間中、毎日日本全国の

営業所で営業成績日本一だった。


対面は上手く行くと悟ったのは

多分この時期のことだ。

ダスキンからは高校卒業したら

うちの営業に来いと誘われた。(^^)


外語大には音楽家になるために行ったが

オーケストラの部室は

怖くて入れない。


だから英語劇をやって音響担当になり

ピアノのリサイタルは開催していた。


好きな女性とのデートは

対面だから出来るが

指揮者になって大勢と関わるのは

性に合わない話だった。


ウィーンに行くと

面接で指揮者の登竜門に合格。

対面は得意だから

これは世界でも通用した。


性に合わないはずなのに

25歳のときにウィーンで

オペラを指揮するチャンスを得た。


自分の手を離れた感覚で

歌手やオーケストラが自由に演奏し

聴衆が爆笑しているのに関わって

指揮者が自分の天職だと感じた。


それからもう四半世紀以上が経つ。

指揮者をやめようと思うことが

何度かあったが

他に何かできるものが見つからず


神を試してみると

何処からか必ず助けていただけた。


これはやってもいい、

というサインだと

勝手に解釈して

ここまで生きて来た。


するとある時から

自分ひとりくらい

変わった指揮者がいても

誰も迷惑しないだろう、と

思うようになった。


そうしたら、不思議。

時代の奴が追いついて来やがった。


私ほど指揮者に向かない奴は

いないはずなのに。


今回イタリアで面白い話をした。


私はドビュッシーの作品を

かなり研究しているが

リハーサルも3日目に入って

言うことが無くなって来た。


だからこうオーケストラに話した。


「私はもうやるべきことは全部やった。

これ以上はもう無理だ。

後はあなたたちに任せる。

どうか私を助けてくれ。」


そうしたらオーケストラは

素晴らしい演奏をしてくれた。


終演後、一人の団員が

私に話しに楽屋にやって来た。


「マエストロ、指揮者はみな

自分ほどエライものはないように振る舞うのに、

あなたは自分を地面に落としている。

それは損だからやめた方が良い。」


「指揮者に向かない奴が指揮をするのに

指揮者然とした奴と同じやり方で

あなたは本当に通用すると思うのか?」


と、私は答えた。


対面での経験を積んでみるとわかる。

相手を一人の人間として

ちゃんと向き合ってみると

相手のことが少しずつわかってくる。


この向き合う作業が私のすべて。


そんな奴が世界に1人くらいは

居てもいいじゃない?


村中大祐


P.S.

写真の非公開グループ

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Kayoko Emoto

村中さんこんばんは。
お帰りなさいお疲れ様でした。

神に選ばれた指揮者なんですよ。
愛を持って真剣に向き合えば必ず伝わります。
伝わるのは時間がかかるかも知れません。
時間が過ぎふと気が付いたら周りの人々は惜しみ無い拍手を
送っていますよ。
江本
by Kayoko Emoto (2018-02-14 20:32) 

mu-ran

江本さん。
愛を持って真剣に向き合う。

確かにそう感じます。
時間がかかることも覚悟の上です。

それしかできませんからね。(笑)
素敵な言葉、ありがとうございます。
by mu-ran (2018-03-01 21:37) 

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